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神戸地方裁判所 昭和63年(行ウ)23号 判決 1994年4月27日

神戸市中央区熊内町五丁目六番一号

原告

西山勇

右訴訟代理人弁護士

林田崇

神戸市中央区中山手通二丁目二番二〇号

被告

神戸税務署長 竹原功

右指定代理人

石田裕一

竹本健

田原恒幸

片岡英明

仲谷良嗣

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告の昭和五九年分所得税の更正の請求に対して昭和六一年九月二四日付でした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

二  被告が昭和六〇年七月九日付けでした原告の昭和五七年分、同五八年分及び同五九年分の所得税の過少申告加算税(但し、同日付けでなされた重加算税のうちの過少申告加算税相当額を含む。)の各賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告がした所得税の修正申告は、被告がした高圧的かつ半強制的な調査の結果なされたものであって、原告が任意に行ったものではなく、また、修正申告された原告の所得額は、客観的事実に反し過大なものであるとして、原告の更正請求に対して被告がした更正をすべき理由なき旨の通知処分及び所得税の過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも違法であると主張して、原告が右各処分の取消しを求めた事案である。

一  処分の存在等について(当事者間に争いがない。)

1  原告は、各法定申告期限までに、被告に対し、別表1の(1)記載のとおり、昭和五七年分、同五八年分及び同五九年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税の確定申告をした。

2  その後、原告は、本件係争各年分の所得税に関し、昭和六〇年六月一〇日、被告に対し、別表1の(2)記載のとおり、修正申告書を提出した(以下「本件修正申告」という。)。

3  被告は、昭和六〇年七月九日、原告に対し、別表1の(3)記載のとおり、本件係争各年分の過少申告加算税及び重加算税の賦課決定をした(以下「本件賦課決定」という。)。

4  原告は、昭和六〇年八月九日、本件賦課決定につき異議を申し立てるとともに、同年九月一〇日、昭和五九年分の所得税の更正の請求をした。

5(一)  被告は、昭和六一年九月二四日付けで、本件賦課決定につき、本件係争各年分の重加算税のうち過少申告加算税を超える額を取り消して、過少申告加算税を別表1の(4)記載のとおりとする旨の決定をした。

(二)  被告は、同日付けで、所得税の更正請求につき、理由がない旨の通知処分をした。

6  原告は、同年一〇月一七日、国税不服審判所長に対し、右5記載の決定及び処分につき審査請求をしたところ、同所長は、昭和六三年七月八日付けで右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、右裁決書は、同年七月二六日付けで原告に送達され、そのころ、原告に到達した。

二  原告の主張

1  被告が原告に対して行った調査等の経緯について

(一) 被告の部下職員岡崎恵三(以下「岡崎」という。)及び同先間芳武の両名は、昭和六〇年五月三〇日正午ころ、原告の自宅を予告なしに突然訪問し、原告に税務調査に来た旨を告げた上で、岡崎が「自分は数日前に貴方の店で飲食をしたが、その日の売上伝票を確認したいので見せてほしい。」と申し入れた。原告は、その日の伝票を調べたが見当たらなかったので、その旨を回答すると、岡崎は、俄に態度を改めて「いつもそうして破っているのか。」と原告に対して脱税犯人に対するような口振りで応対するようになった。岡崎らは、売掛帳等を調べていたが、原告に対し、「裏預金があるはずだから通帳を全部出せ。」といった趣旨のことを述べて、原告にすべての通帳を提出させ、さらに、他人姓を含めた印章を数個見つけ出して、原告の了解も受けずにその印影を所携の用紙に写し取って持ち帰った。

(二) 第二回目の調査期日である同年六月一〇日は、午前一〇時半ころから調査が開始され、岡崎は、「前回採取した印影に符合する預金通帳がまだあるはずだ。」と通帳類の提示を原告に対して求めた。原告は、これまでの調査の経緯から、このような調査をこのまま続けられたら神経が持たないと考えて、岡崎に対し、「税金は払いますから調査は止めて下さい。」と申し出たところ、岡崎は、「それでは一度帰って検討して連絡します。」という趣旨のことを述べて調査を打ち切って引き上げた。

(三) 同日午後二時ころ、岡崎から電話で「印鑑持参の上、夫婦で神戸税務署に出頭して下さい。」との連絡があったので、原告は、直ちに神戸市大衆商業協同組合の職員で原告の確定申告の記帳代行補助者をしていた高取正俊(以下「高取」という。)とともに、神戸税務署に出頭したところ、岡崎は、「追徴される税額は一〇〇〇万円を少し超えますが、これに印鑑を押して下さい。」と言って、既に内容が記入されている修正申告用紙に原告の署名押印をさせた。その際、同行した高取が「負けてやって下さい。」と申し入れたので、原告の昭和五七年分の所得額につき五〇万円が減額された。

2  原告の本件係争各年分の所得金額

(一) 昭和五八年分の収入金額(売上)は、七一三四万三六五〇円、これに対する仕入の金額は、三五七八万六四七七円で、売上総利益は、三五五五万七一七三円であり、公租公課、水道光熱費等必要経費総額二九八八万一四二〇円を控除すると、所得金額は、五六七万五七五三円となり、青色申告控除一〇万円を引くと、申告すべき所得金額は五五七万五七五三円である。

(二) 昭和五九年分の収入金額(売上)は、六九八六万二三六〇円、これに対する仕入の金額は、三四八五万二五三七円で、売上総利益は、三五〇〇万九八二三円であり、公租公課、水道光熱費等必要経費総額二七〇四万六〇四五円を控除すると、所得金額は、七九六万三七七八円となり、青色申告控除一〇万円を引くと、申告すべき所得金額は七八六万三七七八円である。

(三) 昭和五七年分の所得金額は、計算不能であるが、昭和五八年、同五九年と比較して売上、仕入や必要経費の額が格段に異なるとは考えられないので、申告すべき所得金額は、昭和五九年を上回ることはあり得ない。

3  以上のとおり、被告が原告に対して行った右1記載の調査(以下「本件調査」という。)は、明らかに法定申告期限前の調査(事前調査)であり、かつ、高圧的・半強制的なものであるから、所得税法二三四条に定める質問検査権の範囲を逸脱するものとして違法であり、また、本件修正申告は、被告の意図に基づいて一方的になされたものであり、かつ、本件修正申告書に記載された所得金額及び納付すべき税額は無記名預金又は第三者名義定期預金のすべてを売上除外に係る隠し所得と即断した被告の誤解によるもので真実に反し過大であるから、本件修正申告は取り消されるべきである。

三  被告の主張

1  本件修正申告に至る経緯

(一) 原告の本件係争各年分の所得税の調査を担当した岡崎は、昭和六〇年五月三〇日午前一一時ころ、同僚の調査官一名と原告が税務申告の手続を依頼していた高取とともに原告の自宅を訪れ、在宅していた原告及びその妻に対して所得税の調査に来た旨を告げ、同人らの同意を得て、同人宅で調査を開始した。

岡崎は、まず事業概況の内容の聞き取りを行ったところ、日計帳や売掛帳の記帳は、毎日はしておらず、原告の妻が一週間分をまとめて行うとの説明であったことから、それでは正確な記帳ができないのではないかとの疑念を抱き、帳簿と伝票類の提示を求めた。

ところが、最近のものとして提示された伝票類の中には数日前に岡崎が原告の店舗で飲食して支払った分が見当たらず、その旨を原告に告げて説明を求めても明確な回答は得られなかった。

そこで、岡崎は、現金管理が不十分で売上に漏れがあると考え、同行した調査官に引続き帳簿の調査をさせる一方、原告の営業がいわゆる現金商売であることから、原告に対し、預金通帳を確認させてほしいと申し入れたところ、原告の妻が通帳類の格納場所である机まで案内し、その承諾を得て右机の引出し内を探したところ、他人名義のものを含む印章が十数本と無記名の預金証書数通が発見された。

岡崎は、これらについても原告が明確な説明をしなかったため、とりあえず原告の承諾の下に右印章の印影を採取した上、原告から昭和五九年分の売上日計帳及び売上伝票並びに預金通帳や仕入関係の証書類等を預り、午後三時ころに原告方を辞去した。

(二) 岡崎は、右原告方から持ち帰った書類をもとに、原告の毎月の売上と仕入などの経費との差額を検討した結果、原告の提出した確定申告書の決算書に記載された売上額と右書類から窺うことのできる売上額との間にかなりの不一致があると認められたので、売上除外がされていると判断した。

また、岡崎は、原告の取引先銀行にも調査に赴き、原告には無記名や仮名の定期預金など不審な預金がおよそ二六〇〇万円余りあることを把握したが、原告方で見つけた他人名義の印章すべてについてそれと対応する仮名預金を確認することはできなかった。

(三) 岡崎は、同年六月一〇日午前一〇時ころ、さらに調査を進めるため再度原告方を訪れ、原告に対し、それまでの検討調査の結果を告げた上、把握した不審な預金及び確認できなかった他人名義の印章に対応する預金につき証書の提示を求め、これらの金員の出所を明らかにするよう追及したところ、原告は、現金売上である一見客の売上を除外したこと及びその一部を母の営む店の開業資金に充てたことを告白するとともに、修正申告をしたいので調査を打ち切ってもらいたい旨を申し立て、さらに、それまでに把握されている二六〇〇万円を税金が安くなるようにして本件係争各年分に割り振ってほしい旨を申し入れた。

そこで、岡崎は、一旦帰署して右原告からの申出をどのように処置するかを上司と協議した結果、原告から体調がすぐれないと聞かされていたこともあって、それ以上の調査を打ち切り、原告の修正申告を受け入れることとし、同日、原告に電話をして同日午後四時ころに来署するよう求めた。

(四) 原告は、原告の妻及び高取を伴って神戸税務署に来署したが、岡崎は、それまでの間、前記午前中の原告の申入れに沿い、修正する所得金額が本件係争各年分の三年間でほぼ二六〇〇万円となるように按分した修正申告書をあらかじめ作成しておき(昭和五七年分については修正前の所得金額八五一万一三八一円を七五〇万円増やして一六〇一万一三八一円に、同五八年分については修正前の所得金額八六六万一八〇八円を八八五万四八〇〇円増やして一七五一万六六〇八円に、同五九年分については修正前の所得金額九三二万一四九七円を九二八万九〇〇〇円増やして一八六一万〇四九七円に、それぞれ修正した。)、これを来署した原告に示した。これに対し、高取から負けてほしいとの申し出がされたので、さらに昭和五七年分の修正額を五〇万円減額して七〇〇万円とし、これに基づき税額算出のためのその余の各欄の記入をも行った。

原告は、このようにして作成された各修正申告書の記載内容を確認把握した上、自らこれに署名押印してこれを被告に提出した。

2  本件税務調査の適法性

岡崎が税務調査のため初めて原告の自宅を訪れた際に原告に対し事前にそのことを予告しなかったのは事実であるが、所得税法二三四条による質問検査の範囲、程度、時期、場所など実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、歴年終了前又は確定申告期間経過前といえども質問検査権が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知等も質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではないところ、本件において、岡崎が本件調査を行うに当たって右合理的な裁量を濫用又は逸脱したと認めるべき事情は存しない。

3  主張・立証責任の分配について

申告納税の所得税にあっては、納付すべき税額は、原則として、納税者の行う申告によって確定し、その申告がない場合又はその申告に係る税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、例外的に税務署長の処分によって確定する。このように、納税申告が具体的な租税法律関係を形成する行為として公法行為の性質をもつことに鑑み、法は、その申告内容に過誤があることを理由として更正の請求をなしうる場合を制限的に列挙し(国税通則法二三条一項各号)、また、その手続上、請求者において、更正請求書に納税申告に係る課税標準額又は税額などその更正の請求をする理由、当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事項を記載すべきものとし(同法二三条二項)、請求の理由が課税標準たる所得が過大であることなど当該理由の基礎となる事実が一定期間の取引に関するものであるときは、その取引の記録等に基づいて、その理由の基礎となる事実を証明する書類を添付すべきものとして(同法施行令六条)、請求者側でまずその過誤の存在を明らかにすることを要求している。右規定は、申告内容の過誤から生じる納税者の不利益を救済するため、租税行政の法的安定の要請を一定の要件のもとに制限する趣旨のものと考えられ、このことやその規定の文言等に照らすと、自ら計上記載した申告内容の更正を請求する納税者側において、その申告内容が真実に反するものであることの主張・立証をすべきである。

したがって、税務署長は、更正請求の調査手続において右の点の主張・立証がない限り、その納税者の提出した申告書に記載された所得金額等をそのまま正当なものとして、納付すべき税額をその申告どおり確定すれば足り、請求者に対する通知書にもこの旨を記載すれば足りるというべきである。すなわち、この場合には、税務署長は納税者の真実の所得金額等まで認定することを要しないのである。

また、同様に、過少申告加算税賦課決定処分の取消訴訟における国税通則法六五条四項(昭和五九年法律第五号による改正前の同条二項)の正当事由についての主張・立証責任も原告側にあることは明らかである。過少申告加算税の根拠規定である旧国税通則法六五条(昭和五九年法律第五号改正前のもの)は、同条二項において同条一項所定の課税要件を具備する場合であっても、同条二項所定の場合には当該事実に係る増差税額分については過少申告加算税を課さない旨を定めた例外規定であるから、納税義務者の側に右の場合に該当する事由の存在について主張・立証責任があると解するのが相当である。

四  立証責任に関する原告の反論

1  通常の申告期限内のいわゆる確定申告の場合と、本件のような修正申告の場合とでは、申告が真実に反することの主張・立証責任を別異に考慮すべきである。

修正申告は、調査がある程度進行した段階で、調査官と納税者との折衝によって増額修正すべき所得の額を協定し、その協定に従い納税者が修正申告書を提出することによって完了するものであるが、多くの場合には調査官が納税者に代わって修正申告書の所定欄に記入し、納税者が署名押印して調査官に渡すことによって手続が完了したものとされている。この修正申告制度は、更正処分と比較すれば、理由の付記が不要であるとか、納税者の側からの不服申立てのおそれがないことなどから、税務署の側にとっては極めて好都合な制度であるところ、しばしば調査官から納税者に対して「修正申告をせよ。」とかなり執拗な勧奨がなされている。他方、納税者の側においても、修正申告に応じる代償として調査に手心を加えてほしいとか、追徴される税額を負けてほしいといったことや、高圧的な調査による苦痛から早く解放されたいという動機から納得のいかない修正申告に応じてしまうことがある。

このように、修正申告の場合には税務調査が縁由となっているが故に任意性に疑問があり、任意性を欠けば信用性もまた失われることになる。したがって、修正申告の任意性に疑問が生じたときには、その内容の真実性の挙証責任は、課税庁にあると解すべきである。

2  本件修正申告の経緯は、前記二1で述べたとおりであり、被告のした高圧的・半強制的な調査に端を発し、原告が右調査から逃れるために本件修正申告の内容を理解しないまま行ったものであるから任意性が認められず、また、修正に係る本件係争各年の所得金額の増差額は、端数のない不自然なものである上、収入の増加に見合う経費の計上も一切されていない。被告は、無記名預金及び仮名預金のすべてを売上除外による隠し財産であると判断しているが、右預金の原資は現金売上から日々の現金小払いをした剰余金と毎月の生活費及び原告の妻の専従者給与の残額であるから被告の右判断は誤りであり、その額も原告本人の分のみならず原告の家族の分まで含めて計上しているものとみられ過大である。これらのことを考慮すると、本件修正申告は、信用性もないと認められる。

したがって、本件修正申告は、その任意性のみならず信用性も認められないから、本件修正申告の真実性の立証責任は被告税務署長にあると解すべきである。

五  争点

1  被告がした原告に対する調査は、高圧的かつ半強制的で、所得税法二三四条に定める質問検査権の範囲を逸脱した違法なものか否か。

2  本件修正申告の真実性の立証責任は、原告と被告のいずれにあるか。

3  本件修正申告における原告の所得金額及び納付すべき税額は、客観的事実に反し過大なものであるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証人岡崎恵三の証言によれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告の部下職員である岡崎は、昭和六〇年五月二二日午後六時半ころから同八時ころまでの間、原告の店舗に内偵調査に訪れたこと、その後の同月三〇日午前一一時ころ、岡崎は、同僚の調査官一名と高取を伴って原告の自宅を調査に訪れ、原告から事業内容の聞き取りを行ったところ、原告は、帳簿関係については記帳を毎日しておらず、原告の妻が一週間まとめて日計帳や売掛帳を作成していると答えたこと、そこで、岡崎が原告に帳面と伝票類の提出を求めたところ、原告から提出された伝票には同月二二日に岡崎が原告の店舗を訪れた際の伝票が見当たらなかったので、岡崎は、現金管理の確認の調査のため、原告に預金通帳の確認を求めたところ、原告の妻に二階の台所の脇机のところに案内されたので、同人の承諾を得て脇机の引出しをはずして居間に持って行き、そこで中を確認したこと、右引出しの中には十数本の他人名義の印章と五通くらいの無記名の預金証書があったが、右印章等につき原告の明確な説明がなかったため、岡崎は、原告の承諾を得て右印章の印影を採取した上、昭和五九年度の売上日計帳、売上伝票、預金通帳と仕入関係の証書類等を預かり、同日午後三時ころに原告方を辞去したこと、被告が右証書類等を基に検討した結果、当初の申告書に記載されている売上と、その記帳に書かれている売上金額の数字に不一致がみられたことから原告の取引先の銀行を調査した結果、不審な無記名預金と仮名定期預金が合わせて二六〇〇万円くらいあったこと、そこで、右調査結果や他人名義の印章等の確認のために原告の自宅を再び訪れることとし、電話で約束をした上で昭和六〇年六月一〇日午前一〇時ころ岡崎が原告方を訪れたこと、岡崎が右調査結果を踏まえて原告に銀行で判明した証書等の存在場所等について説明を求めたところ、原告は、現金売上の一見客等の売上が漏れたので修正申告をしたい旨を述べたこと、その際、原告は、岡崎にこれまでの調査で把握している額を尋ね、岡崎が二六〇〇万円くらいあると答えたことなどが認められる。

2  原告は、被告のした本件調査は高圧的かつ半強制的であったと主張し、その証拠として甲第三号証の一ないし四の税務事案聴取書(以下「聴取書」という。)を提出している。

しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件調査において、岡崎と話をしていたのが高取であったため、岡崎とのやりとりは具体的に覚えておらず、聴取書に署名する際には内容を読んでもらったが、十分に聞いておらず、たぶん間違いないということで署名したことが認められる。

したがって、右聴取書の信用性は低く、右聴取書から原告主張の事実を基礎づけることはできないというべきである。

3  また、原告は、被告のした本件調査は法定申告期限前の事前調査であり、所得税法二三四条に定める質問検査権の範囲を逸脱するものとして違法であると主張する。

所得税法二三四条に基づく質問検査の範囲、程度、場所等の実施の細目については、実定法上の特段の定めがないのであるから、客観的にみて質問検査の必要があり、かつ、相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

本件において、被告が法定申告期限前において事前通知を行わずに質問検査を行ったとしても、それだけで右質問検査権の行使が社会通念上相当な限度を逸脱したものと解することはできない。

4(一)  右一1で認定した事実によれば、被告の部下職員が原告に対して高圧的・半強制的な調査を行ったと認めることはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はないから、本件において被告がした原告に対する質問検査が社会通念上相当な限度を逸脱したものであると認めることはできない。

(二)  したがって、被告のした本件調査は、適法に行われたものと解される。

二  争点2について

1  修正申告は、既にした確定申告の内容を検討した上で行われ、確定申告と同様に納税者が任意に行うものであるから、納税者が修正申告の内容を争うことは原則として許されず、修正申告の内容が著しく真実に反するなど修正申告の内容を争うことが例外的に許される場合においては、納税者の側で修正申告の内容が真実に反することを立証すべきである。

原告は、本件修正申告は、被告により半強制的になされたものであって任意性がなく、また、真実性を疑うべき事情があるから、このような場合には修正申告の内容が真実であると主張する課税庁側に立証責任があると主張するので、以下、この点について検討する。

2  本件修正申告の任意性について

(一) 証人岡崎恵三の証言及び乙第一ないし第三号証の各二によれば、以下の事実が認められる。

岡崎は、原告方に二回目の調査に赴いた昭和六〇年六月一〇日午前中、原告から調査の打切り要請と修正申告をする旨の意向を受け、一旦、神戸税務署に帰署し、上司である統括官と協議したところ、原告の体調がすぐれないということ、原告が修正申告を希望しているということから、原告の意向に応じることとし、同日午後二時ころ、原告に電話をして同日午後四時ころに神戸税務署に来署して欲しい旨の連絡をした。

岡崎は、原告が来署するまでの間、同日午前中に原告方で被告が把握した二六〇〇万円を税金が安くなるように割り振って欲しい旨の高取からの依頼があったため、所得金額の配分等について検討し、本件修正申告書の合計所得欄に予め数字を記載しておいた。

原告は、妻や高取とともに神戸税務署を訪れ、岡崎と話し合ったところ、原告が所得税の減額の希望を高取に告げ、これを高取が岡崎に申し入れた。岡崎は、右希望を入れて、昭和五七年分の合計所得を五〇万円減額することとし、原告は、右減額修正をした本件修正申告書に原告の住所、氏名を書き込んで押印した。

(二) 原告は、本件修正申告は被告の部下職員岡崎が予め作成しておいた本件修正申告書に原告がその内容を理解しないで署名押印したものであるから、任意性を欠くと主張する。

しかし、証人岡崎恵三の証言並びに前記一1で認定した事実及び右(一)で認定した事実によれば、本件修正申告を行う際には、原告の確定申告の記帳補助者である高取が同行していたほか、原告の希望により昭和五七年の合計所得額を五〇万円減額したこと、原告が修正申告をしたのは初めてではないこと、原告が修正申告を申し入れたのは、岡崎が原告の無記名預金や仮名預金を厳しく追及していたときであることが認められるから、原告が本件修正申告書に署名・押印した際には、その内容を十分に理解した上で任意になしたものと推認することができる。

(三) したがって、本件修正申告は、原告が任意になしたものと認められ、本件修正申告に任意性が認められないとする原告の主張は採用することができない。

3  本件修正申告の信用性について

(一) 原告は、本件修正申告は、増差額が端数のない不自然なものである上、収入の増加に見合う経費の計上も一切されていないことから、信用性が認められないと主張する。

しかし、本件修正申告は、右に認定したように被告の調査の結果により、発見された多数の原告の無記名預金や仮名預金を被告が追及していた際に、原告が修正申告を申し入れてきたことから、原告の体調がすぐれない等の事情を考慮した上で、原告が概括的に認めた無記名預金等と見合う額の所得の脱漏につき、各年度の収入金額に按分加算するという簡便な処理で済ませることによりされたものである。

本件修正申告の右の経緯に照らせば、原告が主張する事由はいずれも本件修正申告の信用性を低下させるものではないというべきである。

(二) 次に、原告は、被告が原告の無記名預金や仮名預金のすべてを売上除外に係る隠し所得と即断したのは誤りであり、右誤りに基づく本件修正申告には信用性が認められないと主張する。

(1) 原告は、無記名預金や仮名預金は銀行等の勧めによりマル優のために多くの名義を利用していたものであり、右預金の原資は原告に対する月七〇万円、原告の妻に対する月二〇万円の生活費の余剰金等であると主張する。

(2) しかし、無記名預金はマル優の対象とならないものであるし、原告に月七〇万円の生活費を捻出できたとも認められない。すなわち、本訴において原告の主張する所得金額は、昭和五八年が五六七万五七五三円、同五九年が七九六万三七七八円であり、同五七年も格段に異なることはないのであるから、原告主張の右所得金額を前提とする限り、月七〇万円、年間八四〇万円の生活費を捻出しうるとは考えられない。また、確定申告書(乙第一ないし第三号証の各一)の記載によっても、原告の所得金額は、昭和五七年が八五一万一三八一円、同五八年が八六六万一八〇八円、同五九年が九三二万一四九七円で、右所得額から各年の申告税額順に一四三万三九〇〇円、一四六万五五〇〇円、一五八万六〇〇〇円を差し引いた額から、年間八四〇万円の生活費を捻出することができたとは認めることができない。

(3) また、原告は、本件係争各年分に新たに発生した無記名預金及び仮名預金の合計金額は、いかに多く見積もっても一五五〇万円にしかならず、昭和五六年に発生した分を加算しても二〇〇〇万円には遠く及ばないから、二六〇〇万円を本件係争各年分に按分した本件修正申告には信用性がないと主張する。

しかし、原告は、原告が認める兵庫相互銀行葺合支店(甲第一八号証の一三ないし二一)のほか、原告方から発見された他人名義の印章等により被告が調査した結果判明した太陽神戸銀行筒井支店(乙第五ないし第一〇号証)、福徳相互銀行神戸支店(乙第一一ないし第一九号証、第二七ないし第三〇号証、第三二、第三三号証)及び富士銀行灘支店(乙第三四ないし第四一号証)の無記名預金及び仮名預金について、原告の出捐によるものでないことについて特段の主張、立証をしていない。

したがって、原告の無記名預金及び仮名預金について、いかに多く見積もっても一五五〇万円ないし二〇〇〇万円に満たないとする原告の主張は採用することができない。

(4) 以上により、被告が原告の無記名預金及び仮名預金額に相当する額を本件係争各年分に按分したことをもって、本件修正申告には信用性がないとする原告の主張は採用することはできない。

4  以上により、本件修正申告に任意性ないし信用性が認められないとする原告の主張は採用することはできず、本件修正申告が真実に反することの立証責任は、原告にあるというべきである。

三  争点3について

1  原告は、本件係争各年度における原告の所得金額を実額で主張する。原告主張の所得金額が客観的な事実に合致していることについては、二で述べたとおり原告が立証責任を負うものである。

2  原告主張の所得金額を算定するに当たり、基礎となる売上額は、原告が売上の度ごとに作成している「お会計票」(甲第一三号証の一ないし四)を基礎資料として、原告が毎月の売上を記入している帳面(甲第一五号証の一、二)に基づいている。

(一) しかし、右「お会計票」は、以下のとおり、原告の本件係争各年分の売上を客観的に裏付ける原資料としては不十分である。

(1) まず、右「お会計票」は、昭和五八年八月三一日の四組分(甲第一三号証の一ないし四)しか証拠として提出されておらず、本件係争各年分の売上を裏付ける原資料としては不十分であるといわざるを得ない。

(2) また、岡崎が調査の数日前に客として飲食した「お会計票」は、岡崎が調査した時には存在しなかったということであり、原告の作成した「お会計票」が原告のすべての売上を記載しているとも認められない。

(二) さらに、原告作成の帳面(甲第一五号証の一、二)も、右信用性の低い「お会計票」に基づいて作成されていたというだけではなく、現金出納簿等に基づいて手持現金と照合された上で記帳されているものではない上、一週間分まとめて書くときもあったというのであるから、右帳面の作成過程からもその信用性は低いといわざるを得ない。

3  以上のとおり、原告は、その主張する所得額が本件係争各年分の所得額として客観的事実と合致していることを証明すべき責任があるにもかかわらず、その主張する所得額を信用性のある原資料に基づいて立証していない。

したがって、本件修正申告に記載されている所得額が客観的事実に合致していないとの証明がない限り、右所得額をもって原告の本件係争各年分の所得額とみるべきである。

第四結論

よって、被告のした更正をすべき理由がない旨の通知処分及び所得税の過少申告加算税の各賦課決定処分はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 影浦直人 裁判官吉野孝義は、転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 辻忠雄)

別表 1の(1)

別表 1の(2)

別表 1の(3)

別表 1の(4)

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